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けっこう難産だった希西である。
じゃこさんにささげるのである。考えるな、感じろ!
いや、うそですすいませんごめんなさい ……ごめんな?
ほのぼのはな…ほのぼのはお前が書けええ!!
じゃこさんにささげるのである。考えるな、感じろ!
いや、うそですすいませんごめんなさい ……ごめんな?
ほのぼのはな…ほのぼのはお前が書けええ!!
トマトの収穫に手が足りなかったので、仏に声をかけた。あちらも用事があったようで代わりを紹介するという。やたら顔の広い幼馴染が誰をよこしてくるのだろうと、畑でのんびり構えていたら、ひょっこりと希が現れた。びっくりした。
「……手伝う」
「あ、ほんまに」
ほんだらな、今から収穫するからな、これに赤なってる奴取り込んでってくれる?
籠と軍手とタオルと麦藁帽子を渡しながらトロトロと説明する。
「タオルは首に、……こんな感じな。そんでその上に帽子。似合うやーん」
あとタオルはな、と西は少々おせっかいに手を出した。喉の下でタオルを結ぶ二本の手を、希は今まで何度もそうされてきたかのように、淡々と受け入れた。深い緑色の目が細まる。猫みたいやな、と西は思う。こんなん家の裏手におったで。目が緑で毛の黒い奴。近所の猫どもの中でも、断トツにきれいで怠惰な奴だ。最近見ないがどこへ行ったんだろう。死んだのだろうか。
会議ではいつも隣り合わせる居眠り仲間だ。それだけでも一種独特の連帯感がある(少なくとも西のほうには)といえるが、それ以前に希という国は、西にとって何とも言えない懐かしさを呼び起こされる相手だった。
黙々とトマトをもいでいく横顔は、幼い頃幾度も目にした美しい人の面影を色濃く残す。近くで見るとあまり似ていないが、十歩も離れて「なあ」と声をかけ、振り向いた相手が逆光の中に立っていたりすると、西は一瞬、二千年の時を飛び越えたような気分になる。
太陽が空の高い場所を行く間、地中海の二国はトマトを収穫し続けた。
「なあ」
「ん」
「それ」
「ん」
交わす言葉はこの調子だったが、意思の疎通に支障はまったく無い。かさかさとトマトの葉が鳴り、土の匂いがあたりに満ちて、自分と相手の境界がいまひとつはっきりしない。体は動くが、頭は半分眠っているようで、何もかもがゆったりと溶けていく感覚にひたされていた。
だから、希が何かに気をとられたのに気づいたのだろう。土に目をやったまま動きを止めた希に、西は声をかけた。どうしたん?
希は指差して答えた。ミミズ。
「殺さんといてや。土肥やしてくれるから」
「殺さない」
そして顔を上げて訊ねて来た。目が…無いんだろう?
「そうやな」
「土の…中にいるから」
「モグラと一緒やね」
「俺たちも…そうならないかと、よく考える」
極限まで削られた言葉の意図を、西は正確に感知した。
いらない器官が落ちてなくなるように、人の形をした国も消えて無くならないだろうか。己の来し方を振り返っても、大して意味のある存在とも思えない、この自分が。
「怖いこと言わんといて」
西は笑って、希の帽子のつばを引き下げる。少し身をかがめて、しゃがんだ相手に顔を近づける。気づいた。目の形はあの人に似ている。何もかもを見透かすような目。感情の薄い、美しく無遠慮な視線。
「俺は死ぬのが怖い」
お前の母ちゃんのようになるのが怖い。国としても、人としても、死んで埋められてトマトも食えず、ロマーノとも遊べず、仏と酒も飲めなくなるのが恐ろしい。
囁くと、珍しく希ははっきりとした笑みを浮かべた。
「…死ぬことを、本当は考えたこともない奴が…よく言う」
西は笑った。見透かされている。
これだから、叡智の母たる血筋は恐ろしい。
「……手伝う」
「あ、ほんまに」
ほんだらな、今から収穫するからな、これに赤なってる奴取り込んでってくれる?
籠と軍手とタオルと麦藁帽子を渡しながらトロトロと説明する。
「タオルは首に、……こんな感じな。そんでその上に帽子。似合うやーん」
あとタオルはな、と西は少々おせっかいに手を出した。喉の下でタオルを結ぶ二本の手を、希は今まで何度もそうされてきたかのように、淡々と受け入れた。深い緑色の目が細まる。猫みたいやな、と西は思う。こんなん家の裏手におったで。目が緑で毛の黒い奴。近所の猫どもの中でも、断トツにきれいで怠惰な奴だ。最近見ないがどこへ行ったんだろう。死んだのだろうか。
会議ではいつも隣り合わせる居眠り仲間だ。それだけでも一種独特の連帯感がある(少なくとも西のほうには)といえるが、それ以前に希という国は、西にとって何とも言えない懐かしさを呼び起こされる相手だった。
黙々とトマトをもいでいく横顔は、幼い頃幾度も目にした美しい人の面影を色濃く残す。近くで見るとあまり似ていないが、十歩も離れて「なあ」と声をかけ、振り向いた相手が逆光の中に立っていたりすると、西は一瞬、二千年の時を飛び越えたような気分になる。
太陽が空の高い場所を行く間、地中海の二国はトマトを収穫し続けた。
「なあ」
「ん」
「それ」
「ん」
交わす言葉はこの調子だったが、意思の疎通に支障はまったく無い。かさかさとトマトの葉が鳴り、土の匂いがあたりに満ちて、自分と相手の境界がいまひとつはっきりしない。体は動くが、頭は半分眠っているようで、何もかもがゆったりと溶けていく感覚にひたされていた。
だから、希が何かに気をとられたのに気づいたのだろう。土に目をやったまま動きを止めた希に、西は声をかけた。どうしたん?
希は指差して答えた。ミミズ。
「殺さんといてや。土肥やしてくれるから」
「殺さない」
そして顔を上げて訊ねて来た。目が…無いんだろう?
「そうやな」
「土の…中にいるから」
「モグラと一緒やね」
「俺たちも…そうならないかと、よく考える」
極限まで削られた言葉の意図を、西は正確に感知した。
いらない器官が落ちてなくなるように、人の形をした国も消えて無くならないだろうか。己の来し方を振り返っても、大して意味のある存在とも思えない、この自分が。
「怖いこと言わんといて」
西は笑って、希の帽子のつばを引き下げる。少し身をかがめて、しゃがんだ相手に顔を近づける。気づいた。目の形はあの人に似ている。何もかもを見透かすような目。感情の薄い、美しく無遠慮な視線。
「俺は死ぬのが怖い」
お前の母ちゃんのようになるのが怖い。国としても、人としても、死んで埋められてトマトも食えず、ロマーノとも遊べず、仏と酒も飲めなくなるのが恐ろしい。
囁くと、珍しく希ははっきりとした笑みを浮かべた。
「…死ぬことを、本当は考えたこともない奴が…よく言う」
西は笑った。見透かされている。
これだから、叡智の母たる血筋は恐ろしい。
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